車は日常生活に必要不可欠ですが、腰に与える影響は深刻です。とくにタクシーやハイヤーの運転手は一般の人にくらべて腰痛になる確率が高く、4人に1人が病院通いをしているといわれます。そのような患者さんのほとんどから、「今のカーシートには問題がある」という声が聞かれます。腰痛予防に主眼をおいたカーシート(「腰痛予防シート」と略)が国内でも開発されていますが、国産車に装備されている標準シートと、腰痛予防シートの比較実験を行ってみました。
腰椎はゆるやかに前方にそっているのが自然な形で、これを生理的前弯と呼びます。標準シートは座面がやわらかく、すわるとおしりや太ももが沈みこむ、いわゆる「しり落ち」の状態になりますので、猫背になり腰椎が後方にそりやすくなります。一方腰痛予防シートは座面がかためで、腰椎の生理的前弯を保持するための「ランバーサポート(腰当て)」が背もたれに設けられています。
この二つのシートが腰の筋肉に及ぼす影響を調べるため、健康な男子学生6名に、二つのシートに交互に2時間ずつ、計4時間ただ安静にしてすわってもらいました。半数は標準シートから、半数が腰痛予防シートからすわり、腰に電極をはりつけて筋肉の電位を測定しました。筋電位が高ければ腰の筋肉が緊張し続けている証拠で、腰にとって負担の大きいシートになります。
標準シートは、すわり始めて20~30分後から腰の筋肉の強い緊張がつづいていますが、腰痛予防シートでは、腰の筋肉はゆったりと弛緩し、2時間後もこの状態が保たれていました。また、マイカー通勤者にも腰痛予防シートを3カ月間装着してもらいましたが、ドラーバーの60%に腰痛の改善が見られたのです。
なぜ腰痛予防シートで腰痛が軽減するのか、その理由を考えたときに興味深いのが、最初の数分は腰痛予防シートのほうが標準シートよりも筋電位が高く、腰の筋肉の緊張が高まっている点です。ランバーサポートを用いると、ふだんの姿勢のゆがみが矯正されるため、最初は違和感があり、刺激された腰の筋肉は緊張を強めます。しかしこの姿勢は本来、腰にとって最も負担の少ない姿勢なのでほどなく緊張が解け、ゆったりと弛緩するものと考えられるのです。
もう一つの理由は、座面のかたさです。私たちがデスクで長時間仕事をつづけるとき、同じ姿勢を保つことはほとんど困難で、前かがみになったり、おしりの片側を持ち上げるなど、絶えず姿勢を変えています。これは長時間すわりつづけることで腰に蓄積する疲労を防ごうとするあらわれです。ロッキングチェアがなぜ楽かといえば、重心が前後に移動するたび、背もたれから座面にかけて体圧分布が変化し、体のどこかに圧力が集中するのを防ぐからです。同様に、運転中の腰の疲労を軽減するには、おしりの右から左へと重心を移すだけでも効果があります。
ところが標準シートでは、おしりや太ももが沈み込むために、このような重心移動が難しくなります。やわらかい座面は、ドライブが長時間に及ぶほと、腰の疲労が蓄積されるです。ドライブに伴う腰痛に悩んでいるかたは、座面のかたさを調節することをおすすめします。バスタオルを丸めたものや空気枕などを3~5cmの厚さにし、腰に当てるなどの工夫も必要でしょう。このひと手間で、運転中の腰痛がグンと軽くなるはずです。
(広島文教女子大学人間科学部 宇土 博)